第6回~第15回

春田 博
第15回 (1998年) シチズン時計 社長 春田 博
時計メーカーの一部門である精機事業部を、小型工作機械で日本の中核を占めるまでに存在感を高めた功績が光る。バブル経済崩壊後の厳しい状況下で、高精度、高品質、高速加工、短納期、低価格化のニーズをとらえ、「Cincomシリーズ」で次々に新製品を投入し、市場に活を吹き込んだ。
亀田 博
第14回 (1997年) 三菱電機 常務 亀田 博
PLCやインバーターなどの機器事業部と、CNCや放電加工機、レーザ加工機、ロボットなどの産業メカトロニクス事業部、FA海外事業部の3事業部からなるFAシステム事業本部を率いた。入社と同時にその母体ができた機器事業の第1期生として、基盤作りに貢献し、強力な代理店網を作り上げたほか、総合電機メーカーの強みを発揮した製品開発に注力した。
寺町 博
第13回 (1996年) THK 社長 寺町 博
それまで困難と言われていた機械の直動運動部のころがり化を独自の技術力で実現し、直動システム「LMガイド」を製品化した。日本だけでなく、世界のメカトロニクス産業に一段高い高速・高精度化の流れを起こし、その技術革新への貢献度は計り知れない。事業化と発明家の2つの顔を持ち、特許は国内だけでも600件以上を所有する。
大沢 輝秀
第12回 (1995年) オーエスジー 社長 大沢 輝秀
1968年、米シカゴに設置したOTD(OSG Tap&Die)は、日本の切削工具メーカーの米国現地法人第1号。その設立を先導した。強力な販売流通システムとサービス体制を確立したほか、マーケティング・ミックスによる多角的な新商品を開発し市場に展開した。いち早くリストラに着手したり、製販一体化で不況抵抗力を強めるなど、経営センスも高い。
湯淺 輝久
第11回 (1994年) ユアサ商事 社長 湯淺 輝久
社歴300年以上の老舗企業のリーダーとして、企業革新を唱えてFA流通機構の大改革を行った。商社としてトップクラスの技術力を積極的に培い、FA商社のシステムインテグレーター機能を率先垂範で取り入れた。エンジニアリング商社として、システム開発、販売でイニシアチブを取った。
松本 政一
第10回 (1993年) 日研工作所 社長 松本 政一
日本の工作機械の発展に不可欠なツーリングにおける草分け的存在。ツーリングの一筋に社業の精励し、工作機械業界発展のために尽力した。自身の体験に根ざした先見力、経営指針、強力なリーダーシップは、産業界が激動の時代にあったバブル経済崩壊後の業界でもひときわ大きな存在感を発揮した。
増田 昭一郎
第9回 (1992年) ダイフク 社長 増田 昭一郎
運搬機械メーカーのダイフクから、創造物流機器メーカーのダイフクへと企業を発展させた。チェーンコンベアへの進出、ボウリング機械の製造と縮小、立体自動倉庫の開発などFA化時代に調和した製品を開発し、商品レンジを広げてきた。マーケットの拡大と質的な変化に対し、的を射た追随性を持ち合わせた。
加藤 東洋
第8回 (1991年) 豊田工機 社長 加藤 東洋
1985年にデミング実施賞を受賞したのをベースに、88年にPM(Productive Maintenance)優秀事業場賞を受賞。現在はTPM(Total PM)にも挑戦中。「人が主役の品質第一のFA」をモットーに「技術の豊田工機」の伝統を生かした企業づくりで、転換点に立つ製造業の新しい方向性を示唆した。
D.マクマートリー
第7回 (1990年) レニショー 社長 D.マクマートリー
タッチプローブ技術を確立し、それを世界に展開。日本に進出する英国企業がほとんどなかった1982年に、日本に子会社を設置し、製品の提供を開始。日本の厳しいニーズに応えながら、きめ細やかなアフターサービスにも努め、タッチプローブ技術を浸透させた。
立石 義雄
第6回 (1989年) オムロン 社長 立石 義雄
1950年代後半からリレーやリミットスイッチ、タイマーなどの自動制御機器の事業展開を始め、産業界の方向を自ら予測、戦略化し、市場を創造した。日本の省力化、自動化の先駆的役割を果たすとともに、長期リフレッシュ休暇3カ月など社員一人一人を大切にするユニークな経営を展開した。

※社名・役職は受賞当時のものです。なお記載の順序は受賞年順です。

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